ラ♪ラ♪ラMAGAZINE Vol.15〈秋号〉特集

姉妹都市盟約50周年記念事業 小杉放菴展

江戸時代、東照宮の防火と警備の活動をするために、八王子から日光まで出向していた千人同心の縁で、姉妹都市となった八王子市と日光市。姉妹都市盟約締結50周年を機に、日光市出身の画家・小杉放菴の作品を所蔵する「小杉放菴記念日光美術館」から「八王子市夢美術館」へ多数の作品がやってきます。近代西洋画や日本画など幅広い分野で活躍した同画伯について、小杉放菴記念日光美術館学芸員の迫内祐司さこうちゆうじさんにお話を伺うため、八王子市夢美術館の川俣館長とラ♪ラ♪ラMAGAZINE編集部が、日光まで行ってきました!
日光東照宮の近くに静かに佇む「小杉放菴記念日光美術館

小杉放菴こすぎほうあん記念きねん日光にっこう美術館びじゅつかん 
日光市に文化施設の設立を望む市民の声から、1997年10月8日に開館した市立美術館。「公益財団法人 小杉放菴記念日光美術館」の管理運営のもと、日光出身の画家、遺族から譲り受けた小杉放菴のデッサン1200点ほか作品を所蔵。「自然へのいつくしみ」を基本テーマに、日本の近代美術史上における広範な影響関係を紹介している。

インタビューにお答えいただいた学芸員の迫内祐司さん
美術館内 小杉放菴の作品の前で

小杉放菴記念日光美術館 学芸員 迫内祐司さん
北九州市出身。宇都宮市の文星芸術大学へ油彩画専攻として入学後、大学3年の時に興味を引かれた美学美術史専攻へ転科する。2008年から小杉放菴記念日光美術館で学芸員を勤め、小杉放菴を中心に日本近代美術を研究。大学時代、八王子に住む友人宅を訪ねる際に八王子市夢美術館へ訪れた経験も。


自然豊かな日光で生まれ、絵で人生を切り拓く

―小杉放菴の生い立ちを教えてください。

7人兄弟の4男として、日光の山内さんないで生まれました。12歳の時に地元の日光で活躍していた水彩画家、五百(いお)(き)文哉(ぶんさい)に絵を習い始め、中学を1年で退学し14歳のとき住み込みで弟子入り。18歳で上京してからは、画塾「不同舎(ふどうしゃ)」の小山正太郎の元で絵を学びました。
23歳の時に推薦を受け、近事(きんじ)画報社(がほうしゃ)の特派員として朝鮮に派遣されます。日露戦争が始まると、記者として従軍し戦地の状況を報道。戦いの最前線ではなかったものの、戦争の陰惨さや不条理を体験し、命について深く考えるようになったようです。そのときに感じた戦争へのやるせない思いを、初の著書となる詩集『陣中(じんちゅう)詩篇(しへん)』に残しています。

小杉放菴こすぎほうあん
現在の日光市に生まれる。はじめ五百(いお)(き)文哉(ぶんさい)に洋画を学び、小山正太郎主宰の不同舎に入門して未醒(みせい)と号する。横山大観らと日本美術院(院展)を再興、洋画部を牽引するが後に春陽会を結成し放庵(放菴)と号する。近代洋画の大家として名を遺すが、その生涯には数多くの日本画を描いた。日本芸術院会員。日光市名誉市民。

―大陸から帰国してからは、現在の東京・田端に居を移し、国木田独歩などの多くの知人友人と交流していたそうですね。どんな性格の人だったのですか?

放菴は外交的でアクティブ。また、相談を引き受けたり、困りごとが起きたら駆けつけたりと、面倒見がよく人好きするタイプです。絵のために部屋に籠ってばかりではなく、画家の友人たちを中心とするポプラ倶楽部でテニスを楽しんだりしていました。一方で、彼の友人の記述によると、放菴は活発で明るく見えるけれど、戦争を経験しているため「普通と違う」青年時代を過ごしていたとされています。私としても、その内面に暗い思い出を払拭するような、青春を取り戻したいという思いもあったのではと推測しています。

―さまざまな活動をされていたのですね。画壇で知られるようになったのはいつ頃ですか?

30歳(1911年)のとき、第5回文展(文部省美術展覧会の略称。日本初の官営の美術展覧会)から油彩画部門の最高賞を2年連続で受賞します。放菴は新聞のコマ絵(現在でいうカット)を手掛けていたこともあり、民衆に親しまれていて人気がありました。入賞を知った人々から、きっと「あのコマ絵の人はこんな絵も書くのね」と驚きと注目を集めたのではと思われます。
翌1913年、油彩画を学ぶためにヨーロッパへ渡ったのですが、留学中にむしろ東洋的な表現に帰りいくべき道を見出します。この頃から、それまで以上に水墨画をはじめとする日本画が増えていきました。留学先での風景画はいくつか残っていますが、見たままを写し取るような洋画の絵画表現に思うところがあったのかもしれません。

境界を自由に跨いで描き続けた日本画と油彩画

―ヨーロッパから帰国後の絵画は、テーマが東洋的であっても構図や画材が西洋的だったり、その逆もあったり、東西が入り混じったような不思議な雰囲気がありますね。

洋画と日本画のどちらかに偏ることなく、調和する表現を追求していた頃ですね。
美術史だと、1910年代の小杉放菴は油彩画を多く発表していた時期なのですが、当美術館では同時期に描かれた日本画を多く所蔵しています。その絵がまた、油彩画家が片手間にちょいと描いたというレベルではなく、高い技術で丁寧に描かれています。
面白いのは、個展ではほぼ日本画だけを展示している点です。日本美術院では油彩画部門を牽引する立ち位置だったこともあり、公的な展覧会は油彩画を出品していたものの、ライフワークとして日本画を描いてバランスを取っていたのでしょう。

―ヨーロッパ留学後もよく旅に出ていたようですが、旅好きだったのでしょうか。油彩画家として題材を求めて出かけることが多かったのですか?

国内でも、本州のあちこちや、沖縄、北海道など遠方にも足を運び、スケッチを多く残しています。絵画としては直接的な風景画ではなく、それぞれの風景からの影響が感じられるような山水画が多いですね。1916年に訪れた沖縄で感じ取った明るく力強い色彩を取り入れたり、1917年に旅した中国で目にした大陸らしい山々の形を意識した線を描いたり、作品から旅の印象を感じられます。

―一方で、小杉放菴は頻繁に里帰りしています。彼にとって、日光という土地への思いはどのようなものだったのでしょうか。絵画における日光と放菴のつながりを教えてください。

放菴の奥さんも日光出身でした。帰郷すると奥さんの実家に滞在し、必ず実家のお墓参りに行くなど、家族やご先祖様を大切にしていたようです。故郷である日光の自然を愛し、男体山を描いたと思しき絵では、タイトルで『関東第一山』と表現しています。
放菴が描いた、日光の風景
左:小杉放菴 東照宮・上神庫 1900年代 紙/水彩 小杉放菴記念日光美術館蔵
右:広報スタッフが撮影した東照宮・上神庫

夢美術館では日光の地をテーマにした絵画も多数展示

―今回、八王子市夢美術館では、放菴の作品群と併せて、日光の社寺や風景を捉えた水彩画も多く展示されるとのことですね。

日光をテーマとした絵画では、イギリスをはじめとするヨーロッパの画家が日光を訪れて残した絵、五百(いお)(き)文哉(ぶんさい)をはじめとする日本人画家が描いた絵を紹介します。
1880~90年代に鉄道が開通し、改正条約があったことで、諸外国から日光への観光が急増しました。とりわけ多かったのがイギリスからの来日です。当時、日本で水彩画ブームを巻き起こしたイギリスの高名な水彩画画家であるアルフレッド・ウィリアム・パーソンズの風景画などを展示します。
後者のテーマでは、1892年から日光に居住し、土産物として絵画を多く描いた五百(いお)()文哉(ぶんさい)の作品などが並びます。在住画家ならではの目線で滝尾神社など隠れた名所を細密に描いているのが特徴です。ぜひそれぞれの絵の表現の違いを見比べていただきたいですね。

―旅行好きの放菴は、八王子にも訪れたことがあると伺いました。

放菴が、野鳥研究家の友人を訪ね、八王子・恩方(おんがた)にある鳥屋場(とやば) (網を張って狩った鳥を入れておく小屋)に遊びに行ったという記録があります。鳥を題材とした絵の中にはそこで描いたスケッチを元にしている作品もあるかもしれませんね。
終戦後の一時期は、放菴の息子家族があきる野市に住んでおり、滝山城跡を見物したり、高尾山に登ったりと、八王子やその周辺に縁がありました。もし八王子にお住まいで、そのころの放菴の情報をお持ちの方がおられたら、ぜひ当美術館までお知らせください!
八王子市夢美術館 川俣館長 (左)と談笑する迫内さん(右)
たくさんの研究資料を机に広げながら、放菴の人柄や作品の奥深さを教えていただきました。

―今回の八王子夢美術館の展示に向けて、メッセージをお願いします。

夢美術館の川俣館長と相談し、小杉放菴が画家として描き続けた60年を一望できる作品をラインナップしています。画壇では洋画家(油彩画画家)として名を馳せ、油彩画の依頼作品を多く手掛けた放菴ですが、今回の展示でも大部分を占める日本画が多く遺っているのは、彼の絵画の根幹と関連しているのかもしれません。
中国絵画に由来する『南画』に近代的な感覚を取り入れた『新南画』を多く手掛けたことから、私はこっそり放菴を “南画の印象派”と呼んでいます。故事を由来とする水墨画は、教養がないと楽しめないのではと心配されるかもしれませんが、放菴は、気楽に見て楽しめる絵もたくさん描いているので、気軽に鑑賞できます。また、放菴は何と言っても墨の使い方が達者なので、ぜひ筆遣いに着目してみてください。
八王子夢美術館で展示予定の、全幅7mにも及ぶ作品『列仙屛風』は最大の見どころ
小杉放菴 列仙屛風 1915(大正4)年 絹本着色 小杉放菴記念日光美術館蔵

姉妹都市盟約50周年記念事業

小杉放菴展ー小杉放菴記念日光美術館所蔵作品を中心にー

【会 期】2024年11月16日(土)
     〜 2025年01月26日(日)
【時 間】10:00 〜 19:00
【休館日】月曜休館(ただし、祝日、振替休日の場合は開館し翌平日休館)
     年末年始12/29~1/3休館
【会 場】八王子市夢美術館
【入場料】一般:1,000円
     高校生以上・65歳以上:500円
     中学生以下:無料

会期中、夢美術館展示室にて迫内祐司さんによるギャラリートークも予定しています。

日時:2025年1月12日(日)15:00~約1時間程度
会場:夢美術館展示室
申込み:不要
料金:無料(ただし観覧料は必要)

八王子市夢美術館ホームページ