こちらは総合ディレクター中込遊里の、過去のディレクターメッセージです。
その時にどのようなことを考えていたかの記録です。
演劇は、出演者、スタッフ、作家、そして観客という多くの他者が集まって、それぞれ違う考え方や生き方をすり合わせながら形作ります。難しくて繊細な作業です。だからこそ、様々な人の考え方がミックスされた豊かな空間と時間が生み出されます。
2019年から私が総合ディレクターを務めた「八王子学生演劇祭」では、その演劇の難しさと楽しさを学生のみなさんと共有しながら、演劇作品を創って発表してきました。その経験を活かし、もっともっと広い世界に旅立とう!という決意を込めて立ち上げたのが「演劇ネットワーク ぱちぱち」です。
私が高校生や大学生と一緒に演劇を創作する中で一番問題に感じていたことは、「演劇を続けていく環境がない」ということです。
演劇に興味を持っても、どうやって学校生活と演劇を両立させたらいいのか?卒業してからも演劇を続けるには?
周りの人に演劇活動を理解してもらうには?
演劇が身近にある生活を送ることは、そんなに難しいことなのだろうか?
いや、たくさんの同じ思いを持った人たちが集まれば、それほど難しいことではないはず。
そのような思いから、「演劇ネットワーク」が生まれました。個人と個人とが簡単に一緒になったり離れたりしながら、演劇を楽しむことが出来る仕組みです。
一人ひとり違う素地・経験を持った人たちが集まって、わくわくする企画があちこちで立ち上がり、好きなように好きなだけ参加できるのが「演劇ネットワーク ぱちぱち」です。若い世代が中心となり、立場や年齢の境目を取り外しながら「演劇」をキーワードとしてゆるやかに繋がれる場を目指しています。
私を始めとする立ち上げメンバーの「たくさんの人が気楽に演劇を楽しめる世の中を作りたい」という思いを叶える場所として、長い時間をかけて、ゆっくりたっぷり育てていきたいと思っています。
2021年9月
演劇は必要なのだろうか?とずっと考え続けています。
平成28年度の内閣府による世論調査の「この1年間に⽂化芸術を劇場などで直接鑑賞したことがあるか」* への回答では、40.6%が「鑑賞したことはない」そうです。(演劇だけではなく美術や映画など⽂化芸術全般。演劇に限るともっと低いはず。)
「なぜ鑑賞したことがないのか」への回答では「時間がなかなか取れないから」が46.1%と最も⾼く、続いて「関⼼がないから」が28%だそうです。「時間が取れない」と⾔われると「そうだよなあ、みんな忙しいからなあ…」と納得してしまいそうですが、つまりは限られた24時間のうちでの「⽂化芸術の優先順位が低い」ということでしょう。演劇に⻑年携わる者としては「優先順位が低い」ことは残念ではありますが、いきなり状況を変えられるかというと、現実的に考えてとても難しいでしょう。
けれど、この頃起こりがちな「優先順位が低い」ことを「切り捨ててよい」と捉える⾵潮は変える必要があると強く思います。たしかに、現在の飢えを凌ぐには演劇ではなくて栄養ある⾷事が⼀番効果的かもしれません。しかし、芸術のような⼈の⼼を形作るがゆえ効果が⽬に⾒えてわかりにくいもの=無駄/贅沢に⾒えるものは、他⼈と関わりながら⽣きる⼈類の知恵の源となり、未来を創るエネルギーになります。
とくに、⾝体ひとつが出発点となる演劇は、誰もが気軽に体験できるという点で優れています。だから、「演劇ネットワークぱちぱち」では、未来を創っていく若者たちが演劇をキーワードとして⽣み出したアイディアを形にし続けます。
その中には、今すぐに答えの出ないものも多くあります。しかし、今はわからないけれど、ずっと先に繋がる⼤発⾒のはじめの⼀歩かもしれません。未来を創造する無限の可能性を⽣み出す場が「演劇ネットワークぱちぱち」です。ゆっくり、たっぷりと育てていきます。
2022年3月