令和5年に八王子市内で行う『昼の街を歩く』演劇公演に向けて、まちを知ることを目的として演出家の蜂巣ももさんが八王子に滞在し、街を歩きます。また、劇作家の西尾佳織さんも、 今年2月に初演を経た『昼の街を歩く』 の戯曲に再度向き合う時間を取ります。
9月1日に詳細情報の公開・ワークショップ参加者の募集開始となります。お楽しみに!
〇 演劇のための長くてゆるやかなアーティスト・イン・レジデンス「八王子と鳥公園の1年目」 ホームページ
https://hachiojibunka.or.jp/play/yuru-air
『昼の街を歩く』のこれまでとこれから
『昼の街を歩く』は、劇作家の西尾佳織と演出家の蜂巣ももによる、被差別部落のリサーチから戯曲執筆~上演を行うプロジェクトです。2020年4月からリサーチを始め、12月に俳優、美術家を交えたクリエイション第一期、2021年4月には二人で京都の崇仁地区を歩き、6月に上信越~山形へマタギのリサーチに行き、10月にクリエイション第二期、2022年2月~3月に板橋区の一軒家で初演を行いました。今年度の八王子での取り組みは、初演で見えた課題を踏まえ、劇作・上演両面で作品をブラッシュアップするためのものです。
被差別部落という題材は、蜂巣さんが提案してくれました。
「そこは私の住んでいる地区の隣にあって、何でもない団地とか、お店とか……なんだけど、何となく独特の雰囲気がある。同和教育もあったし、知ってはいるんだけど、でも実際はよく知らないんだと思う。隣にあるまま見ずに来た、みたいな。だから大人になった今、改めて知りたい気持ちがあるんだけど、どうだろう?」
私の生まれは東京で、幼稚園~小5までをマレーシアで過ごしたこともあり、被差別部落は身近なものではありません。でも人と人とのあいだに線が引かれることについてずっと考えながら作品をつくってきたので、興味はある。二人の共同制作の出発地点としてもすごくいいと思う。しかしこの、あるひとつの土地、まち、空気に超具体的な実感を持っている蜂巣さんに対して、私はいかなる切実さを持てるのか……?
それで、東北のマタギのリサーチを提案しました。食肉にまつわる仕事を〈ケガレ〉ではなく〈文化〉として捉える切り口から、「西の被差別部落」のあり方に対して「東の被差別部落」を並置したいと思ったのです。
東北の被差別部落制度は西から持ち込まれて発生したのですが、ベースに狩猟文化があったため、食肉加工業への忌避がそれほど強くならなかったんだそうです。マタギ発祥の地といったら秋田なのですが、私たちは秋田から「旅マタギ」(=移動しながら山々で狩猟を行い、その収穫を行く先で売って故郷に帰るマタギ)が移り住んだ集落を、新潟、長野、群馬、山形でめぐりました。
リサーチを経て生まれた戯曲は、関西の被差別部落出身の男が東京に出てきて、自分の過去などまるで存在しないかのように暮らしていたところから、交際相手の妊娠疑惑でイエの問題に向き合わざるを得なくなる、という物語でした。
「社会問題的なトピック」として被差別部落を扱うことに陥らないように。生きている人間の生活と地続きの出来事として向き合う。それが蜂巣さんとのあいだで大事にしていたポイントで、そこは今でも変わらないのですが、とはいえ初演の段階では、あらゆる面で問題への踏み込みがまだ浅かった。例えば劇作面では、台詞から、被差別部落の問題をハッキリ明示する言葉を敢えて一切カットしたのですが、それでは提示する力が弱すぎました。この現在進行形の問題を、2023年に八王子のお客さんと共有するための上演の形も、検討が必要です。
というわけで、創作のフェーズを一つ進めるために、劇作と上演それぞれのトライをします。
2023年度には、本作品を八王子で上演する予定です。
—- 鳥公園主宰・西尾佳織
A/ワークショップ:蜂巣もも『街の景色が、帰り道になる』参加者募集
メッセージ
昔通った帰り道の中で、妙にはっきりと記憶している風景はありませんか?それがまさに美しかったからかその時人生の正念場だったのか、家に帰る安心感と疲労感の中で際立って記憶に残っているものが稀にあります。わたしはたまにそれが味わいたくなって、用を探し、その道を訪れることがあります。
そんな帰り道の良さを誰かに伝えるとき、たくさんの情報や、佇まい方を言葉にすることになります。その街が、世間や他人にとってどう良いかではなく、自分の心の栄養になるような時間の感覚を言葉にして、あなたの知っている「八王子」を聞かせてください。
『昼の街を歩く』は、差別とは何か、差別という壁の前に立つと人と人はなぜ分かり得ないのだろうという問いを持ち、創作をしてきました。作中では差別によって、出身地のみならず生まれ持ったアイデンティティを恥じ、その悩みを共有出来ぬまま他者と距離を置く姿を扱いました。
他人の目を気にした評価に覆われる前の、すごく個人的な記憶が、人と人、また土地を繋げ、他人との違いを柔らかくダイナミックに共有する可能性を感じています。「八王子」という街が人々の記憶にどのように残ってきたのか知り、その経験を踏まえて上演を生み出せればと思います。
—-『昼の街を歩く』演出 蜂巣もも
B/創作プロセス公開:西尾佳織『劇作家とドラマトゥルクで戯曲を検討する』
2022年2~3月に初演を行った『昼の街を歩く』の戯曲を、2023年度の上演に向けて、劇作家の西尾佳織さんが検討します。戯曲検討の伴走者にドラマトゥルクの方をお迎えして、劇作のプロセスを公開します。
メッセージ
一般にあまり認識されていないと感じているのでわざわざ書くのですが、劇作にもプロセスが必要です。もうちょっと別の言い方をすると、劇作のための何らかの現場が必要です。戯曲を声に出して読んでみたり、それを聴いたり、人と話したり、題材や構成etc.を検討したり、というようなことです。
劇作家が戯曲を書くプロセスにおける良き理解者・伴走者とは誰でしょうか? 私が一人で作・演出を兼ねていたときは、初演に向かう俳優、スタッフにその役割まで担ってもらっている形だったのだと思います。2020年に鳥公園で劇作と演出を分離してからは、アソシエイトアーティストの演出家たちに様々な形で劇作のプロセスに力を貸してもらおうと画策したのですが、どうにも上手くいきませんでした。でもそれは当然で、〈上演〉に向かうことと〈劇作〉に向かうことはまるで性質の異なる仕事である、ということなんだと思います。
上演の計画が先にあってそれに付随するような形でやっと劇作がある、のではなく、独立したものとして劇作に時間とエネルギーを注ぎたい。それで今回、ドラマトゥルクの方に戯曲検討の伴走をお願いしたいと思いました。
どんな風に進めたらよいのか、初めてのことなので手探りですが、今のところこんなイメージです。
①2022年2月の初演戯曲を読む
②ブラッシュアップの方向性について検討し、素材や方法を当たる
③推敲して、それを検討
の3フェーズが必要。
①と②を行き来しながら2回、②と③を行き来しながら3回くらい、劇作家とドラマトゥルクで会って話をする……?
劇作家の仕事と、ドラマトゥルクの仕事、そしてその両者の関係のつくり方がもっと広く知られて、色んな場所で考えられるといいなあと思っているので、検討会の後半は公開で実施するつもりです。
—-『昼の街を歩く』劇作 西尾佳織
2022.9.1 更新
長島確氏に、ドラマトゥルクとして創作プロセスに同伴いただくことが決定しました。
実施スケジュールは調整中です。プロセスの後半を公開予定ですが、そちらへの参加方法等も併せて11月中旬に公開します
長島確/ドラマトゥルク
1969年東京生まれ。ドラマトゥルク。舞台字幕や上演台本の翻訳から劇場の仕事に関わり始める。やがて演出家や俳優の創作のパートナーとして、ドラマトゥルクの肩書で演劇・ダンス・オペラの現場に参加。劇場のアイデアやノウハウを劇場外に持ち出すことに興味をもち、アートプロジェクトにも積極的に関わる。2018〜20年フェスティバル/トーキョーディレクター。21年より引きつづき東京芸術祭のディレクションに関わる。東京藝術大学特任教授。
日程:12月~3月頃(5回程度。うち、後半の2~3回を公開予定)
会場:八王子市内施設
参加料:無料
アーティスト プロフィール
『昼の街を歩く』演出/鳥公園アソシエイトアーティスト
蜂巣もも Momo HACHISU
1989年生まれ、京都出身。演出家。青年団演出部所属。2013年からより多くの劇作家に出会うため上京し、青年団に所属。戯曲が要求する極限的な身体を引き出すことで、圧縮された「生の記憶」と観客が出会う場所を演出してきた。2017年庭師ジル・クレマンの「動いている庭」に感銘を受け立ち上げたグループ・野原にて、演劇/戯曲を庭と捉え、俳優の身体や言葉が強く生きる場として舞台上の「政治」を思考する。
『昼の街を歩く』劇作/鳥公園主宰
西尾佳織 Kaori NISHIO
1985年東京生まれ。劇作家、演出家。幼少期をマレーシアで過ごす。
東京大学にて寺山修司を、東京藝術大学大学院にて太田省吾を研究。2007年に鳥公園を結成以降、全作品の脚本・演出を担当してきたが、2020年より劇作、主宰業に専念。作品とアーティストと社会がより長いスパンで成熟していけるように、創作の環境そのものからつくり直そうと試行錯誤中。2014年に『カンロ』、2018年に『ヨブ呼んでるよ』、2020年に『終わりにする、一人と一人が丘』で岸田國士戯曲賞にノミネート。近年は、からゆきさんのリサーチや、幼稚園児~大学生との創作にもライフワーク的に取り組んでいる。
クレジット
主催:(公財)八王子市学園都市文化ふれあい財団
企画:鳥公園
運営:演劇ネットワークぱちぱち
助成:令和4年度 文化庁文化芸術振興補助金(劇場・音楽堂等機能強化推進事業)独立行政法人日本芸術文化振興会