2日連続の中込遊里です。
たまにはこういうこともあります。
2月6日(日)は、「学生の“KOTEN”芸能」第二回目でした。
八王子車人形の家元と、SPAC文芸部の横山義志さんと、学生のみなさん10人くらいと一緒に、
2時間おしゃべりしました。(zoomでの開催に変更)
テーマは、「家元のお悩み相談会~これから車人形どうなっていったらいいんだろう?」
というわけで、古典芸能の未来を考える2時間でした。
私は、大学生の時から能狂言が好きだったのですが、
それはどこか「日本に生まれて…」という少し擦り切れるような気分からのことだった気がします。
もし私が今大学生で、スマホで海外の人と簡単にやり取りができる世の中を生きていたら、
当時のようには、日本や西洋の違いを熱っぽく観察する時間は持たないだろうなと想像します。
参加していたぱちぱちメンバーの一人が
「国という概念がなくなってきてるから…」と当然のように言っていて、
ああ、なるほど。と少し納得したのでした。
人形×舞台芸術について考えることは、「人間とは何か」の探求です。
人形の存在によって人間が対象化されるからです。
特に、言葉を持たぬ人形との関係性においては、
人間の身体言語について考えざるを得ない。
国というアイデンティティが(とっくの昔から)薄まってきて、
そしてとうとう消えようとしているのであれば、
これから私たちの身体言語はどんなアイデンティティを持つのだろう?