(齊藤)我々を悩ませる問い。

こんばんは。昼まで寝ていたので全然眠くないまゆたそです。

私は昔から、物語を作ったり、絵を描いたり演じたり切ったり貼ったりしてきた創作人間なので、何かの創作物(作品)を見た時に、特に求められない限りはマイナスな表現や感想を言わないようにしています。

誰だって自分の作品を悪く言われるのは気分が悪いでしょうし、何よりも私が言われたくないからです。

私は他者からミスや欠点を指摘されるのが本当に苦手です。「あなたのここが駄目だよ」「ここが良くなかったよ」と言われた日にゃ、発狂します。文字通り「うぎゃーーー」ってなってしまいます。

「己の実力が不十分であることを知ることが己の実力を充実させる」

これは古代ローマのアウレリウス・アウグスティヌスの言葉で、私がいつも心に置いている言葉なのですが……ですが、これってめちゃくちゃ難しい。

自分では嫌というほど知っている自分の実力、でもそれを認めることはどうしてこんなに辛いのか。

おっと話が逸れました。

私がマイナスな感想を言わないようにしている理由はもう一つありまして、それは

その創作物を好きな人がいるからです。

というわけで今日の本題は

「その創作物(作品)の良い悪いは誰が決める?」

評価について、です。

本当にこれは、この世の創作者全員に永遠に付きまとう課題であり、これまで幾度となく苦しめられてきたであろう問いです。

いくら作者が頑張ろうと、込めた思いがあろうと、それは作品の評価には必ずしも繋がりません。もちろんその逆もあります。作者の納得がいっていなくても、評価されることはあります。

今私は改めて『むかしむかし、あるお家に』のアンケートの感想を整理しているのですが、本当にありがたいことに「とても良かった」「面白かった」という言葉がとても多いです。

もちろん私自身、『むかしむかし〜』の公演はお客様に楽しんでもらえている自信がありましたし、その思いは今も変わりませんが、このアンケート1つ1つの言葉たちによって、「ああ、本当に楽しんでくれたのだな」と強く感じることができ、公演の成功を実感することができています。

作品は公開された瞬間、作者のものではなくなるとは良く言ったものですね。

私たちがどんなに手を尽くそうとも、公開した瞬間作品は受け取った人のものになる。

「良い」「悪い」はお客様のものです。

でもそれって結構曖昧だよなと思うんです。

…この前見た映画が本当につまらなくて、結構ガッカリしたんですね。

でも世間的にはその作品は評価されていて、興行収入もしっかりある。

「感動した」「素晴らしかった」ネットにはこんな感想が溢れていました。

あれ?これって私の方がおかしいのかしら。

自分の感覚に自信が持てなくて、とても揺らぎました。

つまらないと感じる私は、もしかして重要な何かを見逃してしまったのかと思ったりもしました。作品の意図を受け取れなかったから、私はつまらなかったと感じたのか?私のせいなのか。

「良い」と言う人が多ければ「良い作品」?

「悪い」と言う人が多ければ「悪い作品」?

「悪い」作品を「良い」と思う私はおかしいのか。

「良い作品」とは何か。

「悪い作品」とは何か。

作り手側の人間としては、できるだけ多くの人に受け入れてほしいし、楽しんでほしい。それが無理だと分かっていても。

そのために私は、自分が良いと思うものを信じて創っています。演劇に限らず創作物なら何でも。

「最悪だった」と思う人が居る一方で、「また観たい」と思う人がいる。

私にとっては分からなくても、誰かにとっては分かることで、かけがえのないことかもしれません。私の否定が誰かを傷つけるなら、いっそ言わないようにしようと思ったのです。

またまとまりのない文章になってきました。

最近は私の頭の中にあるふとした疑問を言語化することが多いので、どうも不十分なまま終わってしまいます。が、思考の記録として書き残させて頂きます。

色々揺らぐとしても、誰かにとっては「悪い作品」「分からない作品」になるとしても、自分にとっては「良い」のだと胸を張るための努力をして、己の実力が不十分であることを見つめねばと、そんな風に今の私は思っています。