これは、「演劇を続けるための環境作り」をミッションとした演劇ネットワークぱちぱちが企画制作したイベントのレポートです。(ライター:総合ディレクター中込遊里)
ツアー型演劇『むかしむかし、あるお家に~成城学園のだいぼうけん~』概要(成城学園初等学校観劇会にて実施)
学校全体を舞台として、俳優が作った空間を鑑賞者(全校児童と先生)が歩きながら「鑑賞=参加」する演劇。
上演日時
2024年2月21日 2学年ごと3ステージ(①3年生・4年生②1年生・6年生③2年生・5年生) 上演時間70分程度
上演場所
成城学園初等学校・講堂他教室
出演、スタッフ
構成
中村大地(屋根裏ハイツ)
作・演出
「むかしむかし、あるお家に」出演者一同
プロデュース
中込遊里(一般社団法人AsoVo/鮭スペアレ)
出演
本田椋(劇団 短距離男道ミサイル)、上埜すみれ(鮭スペアレ)、齊藤舞夕(一般社団法人AsoVo)
演劇ネットワークぱちぱちメンバー 椙田航平、寺原航苹、堀慎太郎、宮本尚和、森口夏希、野口沙希
成城学園初等学校の先生方 にしやん、あっきー、づんずん、はっしー、えりりん
舞台監督 髙橋洋平
舞台監督助手 田中舞音、若松美佑
美術 北山聖子
衣装・道具 松尾曉那、箕浦妃紗、森口夏希、野口沙希
制作 一般社団法人AsoVo・影山千遥
写真撮影 斎藤弥里
映像撮影 及川和也
主催 学校法人成城学園(初等学校)
作品内容
構成
鑑賞者である成城学園初等学校のみなさんに与えられたミッションは妖怪の困りごとを解決すること。
「成城妖怪研究所」で日々妖怪と人間の関係を研究している研究者の「たぬ平太」。その魔法によって妖怪たちが目に見えるようになる、というところから作品が始まる。
妖怪たちは、成城学園初等学校の「旧校舎」に住み着いていた。数年前に新校舎になって居場所がわからなくなってしまったという。
児童のみなさんの最初のミッションは、迷子になった妖怪を、行きたがっている場所(教室や体育館など)に連れていくこと。
そのミッションが解決されると、次のミッション「座敷わらしの大切な布(ハギレ)を集める」が始まる。
座敷わらしが大切にしていた布が、新校舎の工事の際にバラバラになって散らばってしまったのだった。
児童のみなさんは校舎を巡り、妖怪やタヌキと出会っていろいろな遊びをしながらハギレを集める。
作品が生まれた背景
プロデューサーの思い
中込遊里(演出家/劇団鮭スペアレ代表/演劇ネットワークぱちぱち総合ディレクター)の「演劇の楽しさを幼少期から知ってほしい。だから、じっと座って見るだけではない、子どもがのびのびと遊びながら演劇を楽しめる場を作りたい」という思いから、2021年12月に八王子のいちょうホールにて初演。新型コロナウィルス対策のため、劇場での鑑賞バージョンとして可能な限り工夫をこらして上演した。
コロナ禍が落ち着いてきたため、劇場を飛び出して念願の「観客参加型」の演出で、2023年9月に『むかしむかし、あるお家に~アイコとユウスケのだいぼうけん~』として八王子芸術祭で上演。
翌年2月、小学生の観劇会として再創作したのは、小学校全児童を楽しませる演劇の形として「参加型」が適していると思ったからである。
出演者と子どもたちが交流しながら作品が進んでいくこと、また、ミッションを学年別に仕掛けることによって、低学年~高学年の幅に合わせてそれぞれの楽しみ方ができるはずである。
成城学園初等学校だからこそできた作品
もともと、成城学園初等学校の卒業生が演劇ネットワークぱちぱちの運営に所属していたということから依頼を受けたのだが、成城学園初等学校だからこそできた作品になった。というのも、成城学園初等学校は演劇教育の先駆であり、「劇の時間」「舞踊の時間」など舞台創作の授業がある。先生方も演劇に造詣が深いことを頼みにして、先生方も妖怪として出演していただくことができた。
馴染みのある先生方が出演してくださることで、児童のみなさんはとても盛り上がったし、出演者やスタッフは先生方とより深く交流することができた。
創作方法
9月の公演『むかしむかし、あるお家に~アイコとユウスケのだいぼうけん~』での「目に見えないものを大切にする」というテーマと、「妖怪とタヌキ」が劇世界を作ることは引継ぎ、構成を変えた。9割方同じメンバーで創作した。
中村大地と中込遊里で作品の骨子を作り、ミッションは出演者全員で作った。
数年前に新校舎に立て替えた成城学園初等学校の歴史を取り込みながら、ファンタジーを入れ込んでいった。見学と稽古のために4度ほど学校に伺い、その他は別の稽古場で稽古を行った。
先生方は、本番前日と当日に短い時間の稽古と打ち合わせのみで本番に臨んでいただいた。
児童のみなさんの反応
作品が始まる前はじっと座って静かにしていた児童のみなさんは、「たぬ平太」が「こんにちは!」と呼び掛けて登場したとたん、わっと盛り上がって反応を返した。
妖怪たちも大人気で、「サインください」とペンとメモを持って妖怪を取り囲む児童もいた。
講堂で座って見る時間以外はとても興奮していて、全力で大小さまざまな遊びを行う姿が見られた。
一方、講堂でのシーンは、じっと座ってとても集中して観劇していた。
作品の最後、たぬ平太が「魔法をとくので妖怪の姿が見えなくなるよ」というと、「いやだ!」という声が上がった。
成果と課題
子どもたちと先生との交流があり、喜びとわくわくにあふれたイベントであったことも大切な成果であるが、一番の成果は、本企画を通して創作チームの経験値が上がったことである。
ツアー型に生まれ変わった『むかしむかし、あるお家に』シリーズを今後展開していくという決意で2023年9月の公演を終えたところ、思ってもみないスピードで次の上演機会に恵まれた。(成城学園初等学校からお声がけいただいたのが翌月10月のことだった。)
次の上演機会、と言っても、半分ほどは別の作品と言えるかもしれない。9月の『アイコとユウスケのだいぼうけん』が1ステージ30~40名ほどのお客様でうまくいくように創作したのに対して、本企画は全校児童対象のため1ステージ200名以上に対応する必要があったからである。
課題は、200名以上の元気な子どもたちと出演者を安全な環境で演劇的に出会わせるバランスが取れなかったことである。
「じっと座って見る」という観劇のルールを壊したいが、すべてを自由にしてしまうと、身体とコミュニケーションの安全面が守られない。具体的には校舎内を走ってしまうこと、出演者と児童が過剰に接触してしまうことなどは防がなければならない。とくに人数が多いと制御しきれない部分があった。
しかし、この経験を通して、人数が多い時のバランス感覚を掴めたように思う。出演者は、小学校1年生から6年生という幅広い子どもたちと接した経験から、それぞれのコミュニケーションのポイントが掴めた。
今後の展望
小学校の他、学童保育所や児童館などの小学生の居場所で上演機会をつくる。
その時の心がけとして、安全安心な環境で演劇を楽しめるバランスを取る。たとえば、先生方に妖怪として出演していただけたのは、成城学園初等学校ならではの素晴らしい経験だったが、他の学校や施設のすべてで同様のことは望めないだろう。なので、先生方や職員の方が受け入れやすい体制・仕掛けをつくる。
その上で、小学校低学年~高学年の幅に合わせてそれぞれの楽しみ方ができる、他にあまりない演劇公演という特長を活かして、小学生が演劇を好きになるきっかけとしての公演を数多く生み出していく。